軟骨に風穴開ける思いつき 叶えるときが決断のとき


自分の生活が安定するにつれて、自分への自信がみなぎってくる、そしてそれは生活に対する揺るぎない楽しみへと繋がり、自分ひとりでもいいんだという責任放棄に至る。

わたしは今、やっぱり結婚はできない、っておもいはじめた。はじめたんじゃない、それはずっと思っていたことで、やはりできないと確信した。
と同時に、わたしのその思いを阻害する様々な出来事が起こった。

この偶然の意味するところをぼんやりと、考え続けている。

わたしは結局、ひとりで生きていけないのだろうか。そんなこと、許されないのだろうか。そうするべきではないのだろうか。
考えても考えてもどうにもならないようなことをずっと、ひたすらに。
幸せは自分で感じとるもの。自分の物差ししか持ってないから。
わたしはわたしを殺して生きていくことに、幸せを見出せるのだろうか。わたしのしあわせ定規にはそんな領域があるのだろうか。
それがないと気付いてしまったとき、わたしはどうするのだろう。

コンパスの針を軟骨にぶっ刺してしまいたい。とっとと自分の方向性を決めて、わたしは未来へと羽ばたいてしまいたいの。

夢を見たあなたを放ったその後に残る残滓があたしをみてる


最近悪夢の類を見ることが多いです。

数日前はひき逃げ事件に似たようなものを目撃する夢を、
二日前には、明日までに死ぬひとのリストがわかってしまう上に、時間を巻き戻す機能まで付いたアプリケーションを手に入れてしまう夢を。
ですのーとじゃないけど、やっていることは少し似ている。予めこのひとがいついつに死んでしまうということがわかっているから、そうならないように行動を遮ったり、そうなったあとに時間を巻き戻して再度そうならないように計らったり、その一方でもう諦めたり。
自分の力で相手の命を奪ったわけじゃないけれど、少なくとも自分のせいで見殺しにした命があって、そういった後味のわるさ。
わたしは現在の恋人を一度は救ったものの、二度目に予告が出たときはもー仕方がないかな、とおもって見殺しにした。
必死になれない、それが今の愛情なんだろう。

わたしはもう、なにが正しいのかなんてわかんない。
今わたしの頭を占めるのは世間的に正しいとされるところからは離れた感情だけで、けれどもそれでいいって思ってしまっている。
わたしの頭の中身さえ見せなければ、世間的には正しいからね。
内面はおかしいのに、外面は正しいの。
結婚して子供産んで「しあわせな家庭」を築けばもうそれでいいんでしょ?
多くの人はそれが正しくてしあわせであるとおもっているし、暴力的なひとは良かれと思ってそれを押し付けてきたりなんてするものね。
決して悪びれもせずに。
いつかわかる日が来る、という達観は気持ちいいのかもしれない。その言葉が包括する見下したニュアンスにも気づいていないんだろう。哀れんでいる自分にすら気づいていないのかもしれない。
かわいそうに。
そういう問題じゃないんだよ、そもそも立ってるフィールドがちがう。

わたしはわたしにおいて正しくありたいけれど、それは世間的に言う正しさとはかけ離れていて、その間を埋める粘土みたいな柔軟性のあるなにかを求めています。
それが、今の恋人さんなんだろう。
なんてね、嘘です。


わたしはどうあがいても結局、女の子のことが好きなんです。
けれども、それはこの国としては正しくないから、どうすることもできない。国としても、地域としても、社会としても、家族としても、正しくないから。
そうやって生きるには色々なリスクがある。色々な重しを自分につけることになる。
わたしはこの社会に怒りを覚えている訳でもなく嘆いている訳でもない。
生きる時代が悪かったんだなーっていう諦め。
でも、この国のことは好きだし、家族のことも好きだし、不自由なく育ったのは自分の力じゃなくてどうしても自分以外の力故だから、恩返しをしなきゃいけないと思っています。それが、結婚して家族を作る、ということです。
わたしは女の子が好きだけれど、この国はそれが正しくないから、わたしはその選択を捨てます。きっと。たぶん。わたしは、男性と結婚するでしょう。
この国はずっとそんな風にできています。結婚は家と家を結ぶ制度であり、別に恋愛なんて必要はない。
一族を守るためのものなのだから。
恋愛を経て結婚できている(、その後別れたカップルも含めた)全てのひとたちを無条件で祝福します。
本来の目的以上の幸福がそこにはあるはずだから。素晴らしく美しいことではないでしょうか。

あ、やっぱりわたし、怒っているのかも。
わたしのやりたいことと社会のやりたいことが合致しないこの世の中に、怒りを通り越してかなしみが溢れてくる。
けれども怒っても悲しんでも何にもならないから。
余計なエネルギーなんて使わずに、今日もメールを返すのです。

真っ白なキャンヴァス握る手ただ震え 重ねる唇だれも気づくな


何かをずっと描きたくってたまらないのに、そのモチーフが定まらないから搾り出すことができない。
くるしいです。
すごく苦しくて痛くて辛い話を紡ぎたい。幸せな御伽噺というよりも、悲しい現実を。
インプット過多が祟ったのか、出てこない。くるしいよー
イメージがまだ掴めていないから、余計にダメなんだとおもう。
もっと繰り返しイメージして、という呪文を唱えながら寝るため、朝起きたら忘れてしまう。

ここんとこずっと、そんなんだ。

悲しみが呼応する様をしづかにずつと眺めていただけです。


悲しみが呼応する様を静かにじつと眺めていた。
つまりひとはこれを恋と呼ぶのだけれども、あたしはそれがどうしても信じられない。

悲しみが呼応する様を静かにじつと眺めていた。
確かにこれは悲しみだ、あたしはずつとそれを知っていたのに。

悲しみが呼応する様を静かにじつと眺めていた。
けれどもあなたはしづかにわらう、静謐なその輪郭に落とし込んだ何かを。

悲しみが呼応する様を静かにじつと眺めていた。
だからたぶんあたしはわかっているのだろう、あなたとあたしがけして交われないことを。


切り捨てた小指が疼く 約束が追いかけてくる 夏はこれから


鼓動

透き通る白い肌とその奥にある青い血管を眺めていたら、その上下する喉に行き着いた。喉元にはじとりと滲む汗、しかし彼女が太陽を睨みつけた瞬間それは空に散ってしまった。

夏はいい。一枚、また一枚と脱ぎ捨てられる服。
夏はいい。照りつける太陽に反射する肌。
夏はいい。生のエネルギーが覆い隠す終わりの予感。

私はただその鼓動に口づけがしたくて、じっと様子を伺っていただけだ。
夏が邪魔をする。

悲しみに埋れて窒息してみたい 揺れる水面と沈むイメージ


生きるのは惰性、行動するのは衝動。

***

仕事関係で面倒なことになっているので逃亡願望が溢れてきている。
こんなときに相談できて、的確な返事をくれる友達がいることに感謝しつつ、自分でこの結論を出せないという事実に危機感を覚える。
大切なのは正義感じゃあない、俯瞰できる能力だ。
自分を守れるのは自分しかいないのだから、自分で何もかもをできるようにならなきゃいけない。思考回路を導き出すHOW TOを見極めなきゃいけない。

こんなときに誰かと会う約束があることを喜ばしく思うときもあるけれど、今は辛いと感じる。だれにもあいたくない。
あたしを知ってる誰か と会うことで、あたしは普通にあたしの役割をこなすであろうことが容易に想像出来過ぎて、自分を傷つけたくなる。
そういうことができるからいつまでたってもあたしはうまく感情を昇華出来ずに、心を殺す術ばかりが上手くなっていくのだとおもう。
感情をうまく発散できない。
生き辛いと感じるのに、円滑に生きることができる矛盾。
大人になる ということがそういうことならば、それはなんて楽しくないことなのだろう。

だからこうやって、第三者の誰かにあたしのことを見守っていて欲しいんだとおもう。第三者はできるだけあたしのことを知らない誰かが都合がいいんだよ、甘えるということが取り立てて下手くそなあたしは、知り合いに甘えるということはもうほとんどできないのだから。

生きるために自分を傷つける。それにはいろいろな方法があって、体に残したり、心を追い詰めたり、物に当たったり。
あたしのそれは、ひとつひとつ手放していくこと。諦めること。


どんどんと価値を失っていく自分を見るのは、とても哀しくて、安心する。

今日は結果として会ってはいけないひとに会ってしまったがためにとても不安定。ずっと哀しくてとても気持ちが悪い。あたしの浮ついた心が、彼女のそれに呼応してしまった。
うつくしい傷だった。

こうやってひとの知らない部分を想像でカバーして勝手に盛り上がるくせ、いい加減やめたいです。